ほのぼの子育て日記

子育て日記中心、時々怪談

怪談「見つめてくる人々」

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 お疲れ様です。
 梅雨が明け、暑い毎日が続きますね。


 今日は久々に怪談を投稿します。少しでも涼しくなってもらえたら幸甚です。


 令和のある夏のことです。Dさんは連日の酷暑にうんざりしていました。Dさんの住まいは関東圏ですが、猛暑の毎日。


 ランニングが趣味のDさんは、休日の日中によく近くの公園を走っていましたが、この暑さではそうもいきません。


 ただ、快晴の中ずっとエアコンの部屋にいるのも何だか勿体ない気がして、Dさんは車を走らせ、街中を抜け山の方へと向かいました。天然のクーラーが目的です。


 折角の休日なので、行ったことのないところへ行こうと、山間にあるダム湖をカーナビの目的地に設定しました。


 ビルや住宅が立ち並ぶ風景から、徐々に建物が減り、木々に囲まれた道へと周囲の景色が変化してきた頃、ある分かれ道に到着しました。


 ナビは、ダム湖の方面である左方向を指していますが、反対側の道脇にある小さな立看板に、『○○自然公園 この先○km』と書かれており、良さそうな公園があるじゃないかと惹かれました。


 自然公園と言うからには、きっと緑が多いに違いなく、木陰で芝生に寝そべったりなんてこともできるかもしれません。


 Dさんは期待に胸を膨らませ、ナビの案内を中止し、右方向へと車を走らせました。


 そこからは一本道を10分ほど走り、自然公園と思われる駐車場へと到着しました。駐車場と言っても、舗装はされてなく、砂利が敷き詰められているのみで、車5台ほどのスペースしかありません。


 ただ、その日は車が他になく、貸切状態だとDさんは胸を躍らせました。


 車から降りると、低木に囲まれた歩道があり、Dさんは飲み物やレジャーシート、木陰で読むための本などを持参し、歩いていきました。


 すぐに開けた場所に到着し、『○○自然公園』の看板も発見しましたが、それが期待通りの良スポット。芝生では無いものの、背丈の低い草が一面緑色に生い茂り、その横には比較的浅い川も流れています。


 恐らく、この川の上流には行こうと思っていたダム湖があるのでしょう。川の反対側は山の斜面になっており、木々が生い茂っています。


 生憎タオルを持参しておらず、今日は川に入れないことを悔やみつつも、川のほとりに東屋を見つけ、Dさんはそこに腰かけました。


 これも決して新しく綺麗な東屋というわけではありませんでしたが、レジャーシートを敷く必要もない上に、緑に囲まれた中で本が読めるという点では文句ありません。


 しかも、自宅よりははるかに涼しく感じ、Dさんは読書に集中することができました。こんないいスポットがあるなら是非また来よう、などと考えながら本を読み進めます。


 20分ほど経った頃でしょうか。ふと視線を感じ、Dさんは顔を上げました。


 他の人が来たのかな、と思いながら周囲を見渡すも、特に人影はありません。駐車場までは視線が届きませんが、砂利なので車が入ってきたら音で分かるはずです。


 気のせいかと思い、視線を本に戻そうとした時、ふと川の反対側の山林が目に入りました。と、同時にぎょっとしました。


 一人のおばあさんが木々の間からこちらを見ています。

 いかにも田舎にいそうな、頭に手ぬぐいを巻いて、褞袍を着たおばあさんが、曲がった腰のところで後ろ手を組み、こちらを凝視しているのです。


 最初は山菜採りに入った、この辺りのおばあさんかな?と思い、軽く会釈をしましたが、おばあさんはピクリともせずこちらを凝視したまま。

しかも、その表情も終始無表情です。


 Dさんは気味悪く感じると同時に、もしかして認知症の類なのでは?と心配になり、川越しに声を掛けようと立ち上がった瞬間、全身の血の気が引きました。


 先ほどまではおばあさんだけと思っていましたが、他の木々の間からも、少年、少女、おじさん、おばさん、おじいさん…老若男女様々な人が微動だにせずこちらを凝視しているのです。


 その数20人はいたように思えます。しかも、全員が無表情で、何も声を発するわけでもなく、ただただDさんに視線を向けています。


 更に、Dさんはここで不可解なことに気付きます。今の季節は真夏。にも拘らず、先ほどのおばあさんもそうでしたが、そこにいる全員が比較的厚手の服を着ており、あたかも季節が冬であるかのような格好をしているのです。


 しかも、全員が全員、髪型というか服装というかが令和の時代ではない…うまく言い表せませんが、明治とか大正とか、その辺りの時代を想起させるような恰好をしています。


 Dさんはこの異様な光景に冷や汗が止まらなくなり、急いで荷物をまとめると、山林に視線を向けないようにしつつ、一目散にその場を後にしました。


 駐車場まで辿り着いたDさんはすぐに車に荷物を詰め込み、車のエンジンをかけようとしましたが、その時あることに気付きました。ワイパーとフロントガラスの間に何か布のようなものが挟まっているのです。


 慌てて取り除こうとしたDさんでしたが、それを見て更に戦慄しました。


 それはボロボロで色褪せた布切れでした。しかし、ただの布切れではありません。そこには、赤い文字で鮮明にこう書かれていました。


『ダムケンセツハンタイ』


 Dさんはその布切れを反射的に放り投げ、車を急発進させました。家に着くまで極力バックミラーは見ないようにしましたが、帰るまで、あるいは帰ってからも特に変わったことは起きませんでした。


 あの老若男女の集団は何だったのか。皆生きている人間で、何かの撮影をしていただけだったのか。はたまたドッキリの類だったのか。


 Dさんは無理やりにでもそう思うようにしているそうです。もちろん、あの辺りでダム湖に沈んでしまった村や集落があるかどうかなど、そういった背景を調べる気は今でも毛頭無いということです。