ほのぼの子育て日記

子育て日記中心、時々怪談

怪談「登山と看板」

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 紅葉の季節ですね。
 紅葉を見に行くならやはり山…ですが、最近は熊のニュースも多いので注意が必要です。しかし、気を付けなければならないのは熊だけでしょうか?本日はそんなお話をお届けします。


 Nさんは都内在住ではあるものの登山にハマっており、休みの日にはよく近県の山へ出かけていました。ただ、登山といえどもそんなに高い山ではなく、いわゆる低山と呼ばれる比較的登りやすい山を選んでいました。

 きっかけとすれば、お昼のテレビで「百低山」を取り上げる番組があり、それを見てこれくらいなら自分でも登れるかもと思ったのだそうです。


 さて、紅葉が山を彩り始めたある秋のこと。その日も早朝に起床し、近県のK山へ向かって車を走らせてたNさん。天気は生憎の小雨気味ではあるものの、紅葉と登山を同時に楽しめるのはこの時期のみであり、Nさんの気持ちは高揚していました。

 高速のICを降り、K山へ向けて田舎道を走っていると、途中で葉が綺麗に色づいた、標高800mほどの山を見つけました。時計を見るとまだ朝の9時。折角なのでと思い、その山へ寄り道してみることとしました。

 途中道幅の狭い道があったものの、なんとか山の麓に到着し、近くの砂利道に車を停めます。付近には民家なのか小屋なのか分からないくらいの家屋が数軒ありますが、小雨が降っているせいもあってか人の姿はありません。合羽を着て車から降り、見上げてみると遠くから見るよりも葉の色づきが一層美しく見えました。


 天気が良ければなあと惜しがりつつ周囲を見渡すと、登山道とは言えないまでも、人ひとり歩けるような細い道が山の上に向かって伸びているのを見つけました。近くに立っている色褪せた「動物注意!」の看板にビビりつつも、まあクマ除けの鈴も付けているしと思って行けるところまで行ってみることにしました。

 ザッザッ…と落ち葉を踏みしめる音、そしてリュックに付けた鈴の音が響きます。所々草をかき分けながら進まざるを得ない箇所がありましたが、一応それらしい道は続いていました。上を見上げれば背の高い木々が色づいた葉を茂らせており、時々枯れ葉が下に落ちてきます。しばらく行くと、また草の中に看板を見つけました。


○○注意!」


 今度の看板は、入口のものより劣化がひどく、恐らく赤字で書かれているであろう「○○」の部分が読み取れません。まあ十中八九「動物」か「クマ」と書いてるのだろうと推測し、先に進みます。

 10分もしないうちに少し開けたところに出ました。山の中腹あたりでしょうか。休憩がてらリュックから水筒を取り出し喉を潤します。ふと横に目をやると、そこにも立て看板が立っていました。


○○○○注意!」


 またしても赤字部分が読み取れませんが、先ほどの看板よりも文字が長い気がします。一体何なんだろう…。このあたりは動物が多いのだろうか。少し不安になり周囲を見渡したNさんは自分の目を疑いました。

 さっきまで目線を下にして登っていたから気付かなかったのですが、Nさんがいる広場の周囲を囲むように多くの立て看板が設置されているのです。その数全部で20枚はあるように思えます。そして、その全てに○○○○注意!」の文字。
 ですが、いずれの看板も肝心の「○○○○」の部分が読み取れません。


 これは尋常じゃない、と怖くなったNさんはすぐに下山の準備をしました。それと同時に、山の上の方からザッザッという足音と共にクマ除けの鈴の音がしてきました。

 誰かが下山してくるんだ!一瞬心強く思った Nさんですが、すぐに不可解なことに気付きます。足音は恐らく一人分かと思われますが、鈴の音だけ異様に大きいのです。いえ、「大きい」と言うより「多い」と言った方が適切かもしれません。少なくとも10個以上の鈴が同時に鳴っているような気がします。Nさんは怖くなりそっと木陰に身を隠しました。


 そして、間もなく"それ"は姿を現しましたが、人が降りてくると思っていたNさんは未だにその姿が脳裏から離れないそうです。

 全体的な形としては大人のヒグマサイズで4足歩行ですが、手足は人間。顔と思われる部分には人間と同じ形の「耳」が無数についており、それ以外のパーツは一切なし。胴体部分は大小様々な鈴がこちらも無数についており、歩く度にリンリンという音と鈴同士がぶつかる音が山の中に響き渡っています。


 この世のものじゃない、化物だ!恐怖を感じたNさんは思わず尻もちをついてしまい、その際リュックのクマ除けの鈴が"リン"と音を立てました。化物が顔と思われる部分をこちらに向けます。無数の耳がピクピクと動いており、まるで音の出どころを探っているかのようでした。

 そして次の瞬間、4本足を素早く動かし、けたたましい鈴の音を響かせながら、獲物を狙う肉食動物の如くNさんの方へ向かってきたのです。Nさんはこちらへ迫ってくるそれを見て、そのまま気を失ってしまいましたが、その刹那、近くにあった看板の赤字部分が読み取れたそうです。そこにはこう書かれていました。


スズギリ注意!」


 目を覚ましたNさんは病院にいました。山の麓で倒れているところを、近くの畑の農家の方が見つけて救急車を呼んでくれたそうです。

 外傷はいくつかのかすり傷程度で、医師からは「山の斜面を転げ落ちたようですが、緩やかな斜面で幸いでしたね」と慰められたものの、Nさんにとっては精神的なダメージの方が大きかったといいます。

 また、持っていた荷物も無事でしたが、一つだけ、リュックにつけていたクマ除けの鈴が無くなっていることに気付きました。よく見ると、無理やり引きちぎられたように紐の一部だけが残っています。転げ落ちる過程で落ちてしまったのかあるいは…。


 余談ですが、ある地方の方言では「盗む」「ぎる」と言うそうです。あの看板、そしてあの化物と関係があるのかは不明ですが、それ以来Nさんはすっかり登山をやめてしまったといいます。