ほのぼの子育て日記

子育て日記中心、時々怪談

怪談「使ってはいけない給湯室」

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 お疲れ様です
 次女にミルクをあげている時間はただぼーっと哺乳瓶持ってても退屈なので、YouTubeで怖い話を視聴しています。


 その影響もあり、今回は久々に俺の持っている怪談を投稿したいと思います。育児は関係ありませんが、ご容赦ください。


 Hさんという男性が社会人1年目の頃に経験したお話。

 Hさんの当時勤めていた会社は、雑居ビルがひしめくK県の都市部にあり、自社も漏れなく古いビルの7階にオフィスがありました。


 社員数もそんなに多くはない小さな会社でしたが、皆入りたてのHさんにとても親切に仕事を教えてくれて、当時のHさんは「この会社に骨を埋めるぞ!」くらいの意気込みで仕事に取り組んでいました。


 いわゆる"ホワイト"な職場でもあり、残業はほとんどありませんでしたが、ある時どうしても夜遅くまで事務仕事をしなければならない日がありました。


 一番年齢の近いY先輩と残って仕事をしていましたが、21時くらいにはY先輩も帰るとのこと。


「大丈夫?無理せず明日にしたら?」とY先輩。

「大丈夫です!あと、この書類だけ作成したら自分も帰りますので!」とHさんは笑顔で答えました。


 Y先輩もそれを聞いて、「身体だけは気を付けろよ」とニコッと笑い、荷物を持ってオフィスを出ようとしましたが、扉の前でピタリと足を止め、Hさんに顔を向け言いました。


「あ、そうそう!この時間まで残るの初めてだと思うけど、今日はもう給湯室は使わないようにな!」


「え?あ、はい分かりました…」とは言ったものの、頭にクエスチョンマークを浮かべたままのHさんを残し、「じゃ、お先~」とY先輩はオフィスを出て行きました。


 給湯室をもう使うなとはどういうことなのか?何か器具の故障でもしたのかな?Hさんは少し考えましたが、そんなことよりも書類作成です。


 すぐに仕事を再開し、2時間後の23時にようやく書類が完成しました。さて、急いで駅に向かわなくては、とバタバタと帰り支度をしていた時、ふとデスクの上のコップが目に留まりました。


 先ほどまで眠気覚ましにコーヒーを飲んでいたため、コップの中にはコーヒーの汁気が残っています。


 明日の朝には汁気が固まってこびりついてそうだなあ、と給湯室で洗うことを考えましたが、先ほどのY先輩の忠告を思い躊躇していました。


 その時、オフィス内にあるポットのお湯も入ったままであることに気づきました。

 Hさんの職場では、最終退社者がポットのお湯を捨て、明朝まではポットを開けて乾かしておくという暗黙の了解があり、さすがに新人の自分がそれを怠るわけにはいきません。


 機器が壊れてるにしても、ポットのお湯を捨てて、ついでにコップを洗うくらいならいいだろう、と思い直し、Hさんは給湯室へと向かいました。


 給湯室は一度オフィスを出て、廊下を挟んだすぐ向かいにあります。木製の扉に『給湯室』の文字。


 扉の横にあるスイッチを押して電気を点け、中に入ります。ちょっとしたキッチンと小さな冷蔵庫があるだけの、狭い給湯室です。


 まずポットのお湯を捨て、「水が出ないかな」と思いつつも、コップを洗うために蛇口をひねります。


 すると、意外にも普通に水が出てきました。「なんだ、水道は故障してないじゃん」と思い、スポンジでコップを洗い始めました。


 その時です。ゴポッゴポッと急に水の出が悪くなったかと思いきや、全く出てこなくなりました。


「あれ?やっぱダメなのか」と思った次の瞬間、黒い水が勢いよく出てきました。

 うわっ!と思わず水道からコップと手を遠のけたHさんでしたが、同時に目を疑いました。


 なんと、黒い水だと思っていたのは全て髪の毛だったのです。

 髪の毛が次から次へと止まることなく蛇口から出てきます。


 Hさんは反射的に蛇口を捻って水道を止めようとしますが、蛇口が完全に回ってからも髪の毛が止まる気配は一向になく、シンクがどんどん黒に染まっていきます。


 驚きと恐怖とで身動きがとれないHさん。その時、開け放たれた給湯室の扉の向こうに人の気配を感じたそうです。


「警備員さんが見回りに来てくれたんだ!」安堵したHさんでしたが、視線を扉の方へ向けた途端、全身の毛が総毛立つ思いをしました。


 そこにいたのは警備員ではなく、見知らぬ女性。長い黒髪で身体はガリガリにやせ細り、黒のキャミソールワンピースを着ています。


 何よりも特徴的なのはその身長で、ゆうに2mはあるかと思われ、屈みこんで給湯室の中を覗き込み、黒目の場所も分からないくらい灰色に濁った眼をHさんに向けています。


 明らかに生きている人間ではない…全身が硬直して動けないHさんに対し、"それ"が口を開き言いました。


「だ…っぱ…しにし…いで」


 気が付いたら、Hさんは病院にいました。翌朝出勤してきたF係長が給湯室で倒れているHさんを発見し、救急車を呼んでくれたそうです。


 幸いにも身体は何ともなく、疲労で倒れたのではないかと医師からは言われましたが、お見舞いに来たY先輩含め職場の皆は、何かしら事情を察したような雰囲気がありました。


 かと言って、何が起こったのか話す気にも、あれが何なのか聞く気にも到底なれず、もう二度とあんな経験をしたくないHさんはそのままその会社を退職しました。

 退職届もすんなり受理されたようです。


 現在は県外の別の職場で働いており、あれ以降あのような恐ろしい体験はしていないというHさん。


 ただ、今でもたまに夢に"それ"が出てきてしまうようで、うなされて起きてしまうこともしばしば。


 そして、夢の中ではあの時言われた言葉がはっきり聞こえるそうです。


「出しっぱなしにしないで」