ほのぼの子育て日記

子育て日記中心、時々怪談

怪談「異次元電車」

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 一週間お疲れ様でした
 本日は、久々に怪談を投稿していきます。職場の同期Bの体験談になります。少し長いですが、ご了承ください。


 数年前の秋頃の話です。Bが当時いた部署はいわゆる激務部署と呼ばれているところで、連日の残業が続いていました。Bは電車通勤のため、どうしても終電時刻を気にしての勤務ではありましたが、車や徒歩通勤の同僚なんかは日付を跨いだりあるいは朝方まで残業している人もいたそうです。

 そんなある日のこと。いつものように終電間際まで残業し、ダッシュで駅まで向かって何とか終電に乗り込むことができました。自宅最寄り駅までは約20分ほど電車に揺られるため、この僅かな時間の間に残業で疲れた身体を少しだけ休めるのが日課となっていました。

 その日も電車に乗り込んでから座席に座ってふーっと息を吐きました。同じ車両には仕事帰りと思われる男性サラリーマンが5、6人ほど。田舎の電車だし金曜日でも無かったので少ないのは当然ですが、それでもいつもよりは人がいないなとは思ったそうです。


 間もなく電車が発車し、振動に身を任せながらゆっくりと目を閉じます。この束の間の休息が、Bにとってはありがたみのあるものでした。ただ、最寄り駅は終着駅では無いので、うっかり寝過ごしてしまうわけにはいきません。そのため、いつも眠りに入るか入らないかくらいのところで微睡むこととしていました。


 どれくらい経ったでしょうか。はっとしてBは目を覚ましました。うっかり完全な眠りに入ってしまったのです。急いで腕時計を確認すると、出発から15分ほど経過したところ。あと最寄り駅到着までは5分ほど時間があります。Bはほっと胸を撫でおろしました。今まで完全に眠ってしまうことはなかったため、かなり焦って目もすっかり冴えてしまいました。


 窓の外を眺めながら「やっぱ身体も限界かなあ」などと考えていました。漆黒の景色が続きます。しばらくぼーっと窓の外を見ていましたが、ふと、ある違和感に気付きました。窓の外の景色がさっきから全く変わっていないのです。

 暗いとはいえ、民家や草木、あるいは踏切など、ある程度の変化はあるはずです。それが、まるでトンネルの中のような、真っ暗な景色が延々と続いています。反対側の車窓にも目を向けます。外に見えるのは同じく漆黒の闇。乗り込んだ駅から最寄り駅までの間にトンネルなんてありません。


 慌てて再度時計を確認しますが、時間はやはり最寄り駅まであと5分というところ。腕時計が壊れたのかと思いスマホを取り出して確認しますが、やはり同じ時刻を示していました。

 じゃあやっぱりあと5分で最寄り駅に…いや、あと5分?その時、Bはまたしても違和感を覚えました。確かに眠りから覚めた時はあと5分で到着という時刻でした。ところが、そこから2~3分ほどは窓から景色を見ていたはずです。にも拘わらず、時計もスマホも目覚めた時と全く同じ時刻を示しているのです。まるで時間が止まってしまったかのように。

 Bは得体の知れない恐怖心に駆られ、急いで周りを見渡しました。すると、同じ車両に乗っていた5、6人のサラリーマンは既にいなくなっており、この車両にはB一人のみ。心細さは増します。

「そうだ、車両を移動して誰かが乗っているところに行こう」

そう思ったBは立ち上がり、隣の車両を目指しました。連結部分付近まで辿り着き、隣の車両を覗き込んだBは更に異様な光景を目の当たりにしました。
 何と、隣の車両は満員だったのです。まるで都会の電車の通勤時間帯のように、老若男女がすし詰め状態で乗っていました。本を読む者、スマホをいじる者と、その風景は朝であれば何の違和感もありません。しかし、今乗っている電車は、田舎の、しかも平日の終電車両です。こんな時間に満員になる光景は見たことがありません。

 Bは怖くなり、反対側へと猛ダッシュし、もう片方の車両も覗き込みました。しかし、こちらも同じく満員です。風景は先ほどの車両と相違ありません。つまり、このBのいる車両だけが満員ではない、それどころか自分以外誰も乗っていないということになります。明らかに異様な状態です。


 Bはあとずさり、近くにあった座席にどさりと腰をおろし、頭を抱えました。時計もスマホも相変わらず目覚めた時と同じ時間を示し続けています。窓の外の景色も真っ暗のまま。
 Bは目を閉じて繰り返し祈りました。「夢なら覚めてくれ、夢なら覚めてくれ」と。その時、隣車両との間の扉が開く音がし、一人の足音がこちらに近づいてきました。ペタペタという裸足のような足音でした。Bはなぜだか目を開けてはいけない気がしてずっと目を閉じたままこれが夢であることを祈り続けました。

 足音はBのすぐ隣で立ち止まり、じっとBを見下ろしているように思えます。心の中で、誰が立っているのか確認したいという好奇心と目を開けたらダメだという恐怖心が葛藤します。それでも、何とか目を開けずに耐え続けました。
 ふっと耳元に吐息を感じました。Bは驚きのあまり目を開けそうになりましたが、必死で堪えます。どうか夢であってくれ夢であってくれ…。


 次の瞬間、耳元で声が囁きました。男とも女とも、大人とも子どもともとれる、何とも言えない不気味な、そして機械的な声色がこう言ったのです。


「夢じゃないよ」


 はっとしてBは目を開けました。同時に、ピコーンピコーンという音と共に、電車の扉が開きます。どこかの駅に着いたのです。Bは脇目も振らず一目散に走り出し、電車の外へ飛び出しました。駅名表示を見ると、そこは自宅の最寄り駅でした。急いで時計を確認すると、到着予定時刻ぴったり。

 後ろで電車の扉が閉まる音がします。恐る恐る後ろを振り返り、自分が乗っていた車両を確認すると、そこには発着駅から乗っていた男性サラリーマンがまだ4人ほど。通り過ぎていくその後の車両にもまばらに人が乗っているのみでした。
 呆気にとられたB。確かに、先ほどまでは自分しか当該車両にはおらず、両隣の車両は満員という異様な光景だったはずです。にも拘わらず、今駅から見ている光景はいつも通りの終電の様子。この駅に降りたのも自分を含め4、5人のみです。しかも、先ほどまで自分一人だったはずの車両にもしっかりと人はいました。


 キツネにつままれたような気分になりながら、Bはしばらくその場に立ち尽くしてしまいました。同じ駅で降りたおじさんが「どうしたんだこの人」と言わんばかりの視線を向けつつ、通り過ぎていきます。

 少し肌寒い季節にも関わらず、ぐっしょりと冷や汗をかいてしまったB。そのせいか、翌日からは風邪をひいて寝込んでしまい、しばらく仕事は休んだそうです。

「結果的にはいい休養になったんだけど、あれ以来怖くて終電の一本前には帰るようにしてるんだ。どうしても間に合わない時は、金かかるけどタクシーでね」

 苦笑いをしつつ、Bは俺にこの話をしてくれました。今は激務部署から異動でき、あのような経験はその後ないそうですが、それにしてもあれは何だったのでしょう。夢だったのか、あるいは"夢じゃない"とするならばBは一時的に何の電車に乗ってしまっていたのでしょうか。